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東京高等裁判所 昭和58年(行コ)17号 判決

控訴人(選定当事者)

奥野万亀夫

控訴人(選定当事者)

宮川淑

(選定者は、小川広ほか七名)

被控訴人

高橋國雄

右訴訟代理人

吉峯啓靖

主文

原判決を取消す。

本件訴を却下する。

訴訟費用は、第一、二審とも控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1原判決を取消す。

2被控訴人は、市川市に対し、金三二万八、〇七六円及びこれに対する昭和五七年二月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  被控訴人

1本件控訴を棄却する。

2控訴費用は、控訴人らの負担とする。

との判決を求める。

第二  当事者の主張

一  控訴人らの請求の原因

1  (当事者の地位)

選定者らは、いずれも普通地方公共団体である市川市の住民であり、被控訴人は、昭和五二年一二月二五日以来市川市長の職にあるものである。

2  (本件各交際費の支出)

被控訴人は、市川市長として、昭和五五年一一月一七日、市川市助役、市川市職員の企画部長外五名とともに、千葉県市川市真間一丁目一三番七号所在の料亭「北邑」に千葉県職員の地方課長外三名を招き、懇談会と称する宴席を設けて原判決添付の別紙一記載の(一)のとおりの接待をし、昭和五六年一月二八日、その経費として交際費から二一万九、九七〇円を支出した。

さらに、被控訴人は、市川市長として、昭和五五年一二月二日、市川市助役、市川市職員の企画部長外五名とともに、千葉市中央一丁目八番五号所在のホテル京葉に千葉県出納長、千葉県職員の総務部長外二名を招き、懇談会と称する宴席を設けて原判決添付の別紙一記載の(二)のとおりの接待をし、昭和五六年一月二八日、その経費として交際費から一六万四、八〇六円を支出した(これらの交際費の支出を以下「本件各交際費の支出」という。)。

3  (本件各交際費の支出の違法性)

そもそも、普通地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要且つ最少の限度を超えて支出してはならないものであり(地方財政法第四条第一項)、また、官公庁間の接待及び贈答品の授受はしてはならないことであるのはもとより、官公庁間の会議等における会食についても必要最少限度に止どめられるべきものである(昭和五十四年十一月二十六日自治公一第四十六号各都道府県知事あて自治事務次官通知「地方公務員の綱紀の粛正について」)。

ところが、本件各交際費の支出は、一人当たりの料理代も高額であるうえに、アルコール飲料代、たばこ代、土産品代、タクシー代等をも含み、これらによる前記各接待は、社会通念上夕食とされる域を大きく超えて「酒宴」ともいうべきものであつて、いかに交際費の支出が裁量行為に属するとしても、その範囲を超えた違法なものというべきである。そして、このような公務員間においてする飲食の必要最少限度の範囲としては、実費弁償的な公務のための旅費等の範囲に止どめられるべきであるから、本件各交際費の支出のうち、昭和五五年一一月一七日実施の接待については昭和三十一年市川市条例第二十六号「市川市特別職の職員の給与、旅費及び費用弁償に関する条例」及び昭和二十六年市川市条例第二十五号「市川市職員旅費支給条例」の各規定による食卓料、旅費等に準拠して算出した額の二万八、八〇〇円を超える部分の一九万一、一七〇円、昭和五五年一二月二日実施の接待については同様の方法により算出した額の二万七、九〇〇円を超える部分の一三万六、九〇六円の各支出は、いずれも違法な公金の支出というべきである。

4  (被控訴人の賠償責任)

被控訴人は、市川市長の職にあるものとして、故意又は過失により右の違法な公金の支出をしたものであるから、市川市に対して右合計三二万八、〇七六円の損害を賠償すべき責任がある。

5  (監査請求等)

選定者らは、昭和五六年一一月一二日、市川市監査委員に対し、地方自治法第二四二条第一項の規定により違法な本件各交際費の支出について監査請求をしたが、同監査委員は、昭和五七年一月一一日、選定者らの監査請求を棄却した。

6  (結論)

よつて、控訴人らは、右監査結果に不服があるので、同法第二四二条の二第一項第四号の規定により、市川市に代位して、被控訴人に対し、右損害金三二万八、〇七六円及びこれに対する本件訴状が被控訴人に送達された日の翌日である昭和五七年二月二五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を市川市に支払うべきことを求める。

二  請求原因事実に対する被控訴人の認否

1請求原因1及び2の事実は、認める。

2同3及び4の主張は、争う。

市川市においては、同市の住民の体育、文化、福祉等の向上を図るため、昭和五五年一一、一二月当時、原判決添付の別紙二記載の四つの事業を計画中であつたところ、右各事業を遂行するためには国庫及び県補助金の交付並びに市起債の許可などを必要とし、これらについて権限を有する千葉県出納長その他関係千葉県議員に右各事業の必要性等について十分理解と認識を深めてもらう必要があつた。そこで、被控訴人は、市川市長として、同市関係職員とともに、昭和五五年一一月一七日及び同年一二月二日の二度にわたつて、関係千葉県職員を市川市に招き、右各事業の計画内容とその必要性を詳細に説明するとともに、各事業地の視察を実施し、その際又はその帰途に会食をしつつ関係千葉県職員に対して説明を補足、追加するため、控訴人ら主張のとおり二度にわたつて関係千葉県職員を接待したものである。

そして、本件各交際費の支出は、出席者の地位、寒冷の時期であつたことその他の諸事情に鑑みれば、合理的なものであつて、市長の自由裁量の範囲内のものであり、なんら違法なものではない。控訴人ら主張の各条例は、適用場面をおよそ異にするものであつて、本件におけるような場合の支出の適否の基準となるものではない。

3同5の事実は、認める。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一控訴人らの本訴請求は、被控訴人が市川市長としてした本件各交際費の支出が一定の限度を超える部分について関係法令に違反しており、違法な公金の支出であるとして、地方自治法第二四二条の二第一項第四号の規定により、市川市に代位して、被控訴人に対し市川市が被つた損害の賠償の請求をするというものである。

二ところで、同法第二四三条の二は、普通地方公共団体の職員のうち出納職員及び予算執行職員等の一定の職員のした一定の行為による普通地方公共団体に対する賠償責任に関して特則を規定している。すなわち、実体法的には、これら職員が故意又は重大な過失(現金の亡失又は損傷については故意又は過失)により現金、有価証券、物品等を亡失又は損傷し、あるいは法令の規定に違反して支出負担行為、支払命令その他の一定の行為をし若しくは怠つたことにより当該普通地方公共団体に損害を与えたときに限り、当該職員は、その損害を賠償しなければならないものとし(同条第一項)、複数のこれら職員の行為によつて生じた損害については、それぞれの職分に応じ、かつ、各自の行為の損害の発生の原因となつた程度に応じて賠償の責任があるものとして(同条第二項)、賠償責任に関する民法の規定とは著しく異なつた定めをし、さらに、手続的には、当該普通地方公共団体の長は、監査委員の監査の結果に基づいて、当該職員に対し期限を定めて賠償を命じることによつてその履行を求めることとし(同条第三項本文)、この処分に不服がある者は、審査請求及び異議申立てができるものとする(同条第六項)とともに、一定の要件がある場合には、当該普通地方公共団体の長は、議会の同意を得て当該職員の賠償責任の全部又は一部を免除することができるものとし(同条第四項)、また、右の賠償命令は、一定の日から三年を経過したときは、発することができないものとしたうえ(同条第三項ただし書)、これら職員の賠償責任については、民法の賠償責任に関する規定の適用を排除しているのである(同条第九項)。

そして、このような特則を設けている同条の規定の趣旨とするところは、同条第一項所定の職員の職務又は同項に掲げる各行為の特殊性に鑑みて、同項所定の行為によるこれらの職員の賠償責任については、これを私法上の債務不履行責任又は不法行為による損害賠償責任とは別の公法上の特殊責任とし、その要件も原則として故意又は重大な過失がある場合に限定し、また、賠償責任について三年の除斥期間を設けるとともに、一定の場合には議会の同意のもとに賠償責任を免除することもできるものとして、責任が苛酷とならないよう職務の特殊性に相応した責任を負わせるように配慮し、これらの職員が畏縮し消極的となることなく、積極的に職務に専念することができるようにするとともに(この点は、国家賠償法第一条第二項において、国又は公共団体は、公権力の行使に当たる公務員が故意又は重大な過失があつた場合にのみ、求償権を有するのと軌を一にするものである。)、賠償責任がある場合においても、当該普通地方公共団体の長が監査委員の監査の結果に基づいて賠償命令を発すべきものとして、違法な会計事務等の是正を当該普通地方公共団体の実情に即して簡易迅速な内部的手続により実現しようとすることにあると考えられる。

したがつて、地方自治法第二四三条の二第一項の規定が適用されるべき場合である以上、賠償責任に関する民法の規定は適用を排除され(同条九項)、また、賠償責任の存否、範囲も右賠償命令(行政処分)によつて始めて確定されて具体的な義務となるに至り、その責任の実現も専ら自己完結的な同条所定の手続によつてのみ図られるべきものであつて、民事訴訟によることは許されないものと解するのが相当である。然らずして、若し同条の規定と賠償責任に関する民法の規定(仮にそれを調整的に修正して適用するとしても)とが重畳的に適用されると解するならば、彼此いずれによるかによつて賠償責任の存否、範囲等に相当の差異を生じて合理性を失し、妥当を欠く結果となるであろうし、また、右両手続を並行して進行することが許容されるものとすれば、その間の調整につき何等の定めのない現行法のもとにおいては、収拾すべからざる混乱が生ずることが明らかである。仮に、同条第一項に規定する要件を充たすときには、同条第三項本文の規定による賠償命令(行政処分)をまたずして公法上の賠償責任が当然に生ずると解する余地があるとしても、この場合においても普通地方公共団体の長は、同条所定の手続に従つて賠償命令を発しなければならない義務があるのであつて、これと別異に、地方公共団体の代表者として、当該職員に賠償を請求し、これに応ずればそれによつて、応じなければ民事訴訟によつて賠償請求権を実現することは、そもそも許されていないものと解すべきであるから(そうでなければ、同条の規定の存在理由は、遂に見出し得ないであろう。)、当該地方公共団体のなし得ない賠償請求訴訟を住民がこれに代位して提起することのできないのは当然である。

そして、同条の規定は、同条第一項第二号において地方自治法第二三二条の四第一項の命令(普通地方公共団体の長の命令)を掲げているところからも、普通地方公共団体の長の賠償責任についても等しく適用されるべきであり、普通地方公共団体の長がその資格に基づいてその職にある私人たる自己にあてて賠償命令を発するということも法理上はもとより可能であり、実際的にも、賠償命令は、監査委員の監査の結果に基づいてなされるなど、その公正な運用が制度上担保されているのであるから、普通地方公共団体の長の職にある者自身が賠償責任を負うべき場合についても、以上に述べたところと別異に解すべき理由はない。

したがつて、控訴人らの本訴請求が被控訴人が市川市長として関係法令に違反して違法に本件各交際費の支出にかかる支出負担行為(地方自治法第二三二条の三)又は支出命令(同法第二三二条の四第一項)をしたとして、被控訴人の市川市に対する賠償義務の履行を代位請求するものであるとすれば、右賠償責任の存否若しくは範囲の決定又はその責任の実現は、専ら右にみた同法第二四三条の二所定の手続によつてなされるべきものであつて、これとは別に、住民が同法第二四二条の二第一項第四号の規定に基づき市川市に代位して被控訴人に対して市川市が被つた損害の賠償を求めることはできないものといわなければならず、本件訴は、不適法というほかない。

三もつとも、〈証拠〉によれば、昭和三十九年市川市規則第十三号「市川市財務規則」第五二条は、「支出負担行為をしようとするときは、支出負担行為書を起案し、当該支出負担行為の内容を予算整理簿に記録し、当該支出負担行為の内容を示す書類をそえ、別表第一に定める範囲内において支出負担行為の決定を行なう者(以下「支出負担行為者」という。)又は市長の決定を受けなければならない。」と規定し、同規則別表第一によれば、交際費の支出については主管部の各部長が支出負担行為者とされ、また、同規則第五六条第一項は、「支出しようとするときは、主管課長(以下「支出命令者」という。)が法令、契約、請求書その他の関係書類に基づいて支出の根拠、会計年度、支出科目、金額、債権者等を調査し、その調査事項が適正であると認めたときは、ただちに支出命令書により支出の手続をしなければならない。」と規定し、支出負担行為をする権限が主管部長に委任されることがあり(同規則第五二条の規定は、市長の決定も留保しており、その趣旨は、必ずしも明らかではない。)、また、支出命令をする権限は主管課長に委任されていることが認められる。

このように、地方自治法第一五三条第一項の規定により、普通地方公共団体の長の権限に属する支出負担行為又は支出命令が補助職員に権限委任されている場合において、当該受任者たる職員が法令の規定に違反して支出負担行為又は支出命令をしたときには、当該職員が同法第二四三条の二第一項の規定により損害賠償の責を負い、この場合には、当該受任者たる職員の賠償責任については、賠償責任に関する民法の規定が適用されない(同法第二四三条の二第九項)ことはいうまでもないところである。そして、右の場合、権限を委任した普通地方公共団体の長の職にある者自身がどのような責任を負うかを考えてみると、仮に、受任者たる補助職員による右委任事務の処理について普通地方公共団体の長に指揮監督義務違背があるとき、長の職にある者は、賠償責任に関する民法の規定に従つて賠償責任を負うものとすれば、直接の行為者の賠償責任と長のそれとは著しく均衡を失する結果となつて、実体的に相当でないばかりか、受任者の公法上の賠償責任と長の職にある者の私法上の賠償責任とがいわゆる不真正連帯債務の関係に立つこととなり、これら両責任が別個の手続により追及されるときには、先にみたとおりの地方自治法第二四三条の二第一項の規定と賠償責任に関する民法の規定とが重畳的に適用されるとすることから生ずるのと同様の不当な結果を招来することになり、地方自治法第二四三条の二の規定の趣旨とするところは、結局没却されてしまうことになる。

したがつて、右のような場合の普通地方公共団体の長の賠償責任については、同法二四三条の二の規定を類推適用して、受任者たる補助職員による委任事務の処理について普通地方公共団体の長に故意又は重大な過失による指揮監督義務の違背があるときに限り、当該長は同条第一項所定の公法上の賠償責任を負い、受任者たる補助職員と当該長との責任の程度についても、同条第二項の規定に従つて、それぞれの職分に応じ各帰責事由が当該損害の発生の原因となつた程度に応じてそれぞれ賠償の責めに任じるものと解するのが相当であり、普通地方公共団体の長の右賠償責任の存否若しくは範囲の決定又はその責任の実現も、専ら同条所定の手続によつて図られるべきものであつて、民事訴訟によることは許されず、また、当該普通地方公共団体の長は、公法上の右賠償責任とは別に、賠償責任に関する民法の規定に従つて私法上の賠償責任を負うこともないものと解するのが相当である。蓋し、このように解して始めて、出納職員及び予算執行職員等の職務の特殊性に応じて、これら職員の賠償責任を適正妥当に規律し、かつ、議会の意見をも反映させて、当該地方公共団体の実情に即して違法な会計事務等の是正を簡易迅速な内部手続により実現しようとする地方自治法第二四三条の二の規定の趣旨とするところに最も適うことになると考えられるからである。

以上のとおりであるから、仮に控訴人らの本訴請求の趣旨が本件各交際費の支出にかかる支出負担行為又は支出命令の権限の委任を受けてこれらの行為をした補助職員に対する監督者としての市川市長たる被控訴人の監督義務違背の不法行為責任を原因として市川市が被つた損害の賠償を求めるものであるとしても、かかる訴も同様に不適法であるといわざるを得ない。

もつとも、先にみたとおり、市川市財務規則第五二条によれば、支出負担行為については市長の決定権限がなお留保されており、その趣旨は必ずしも明確ではなく、本件各交際費の支出についての支出負担行為の決定が具体的に何人によりどのようにしてされたかは、本件当事者の主張に現われた事実関係及び本件全証拠によつても必ずしも明らかではないが、いずれにしても本件訴が不適法であるという右の結論を左右するものではない。

四以上のとおりであるから、控訴人らの本件訴は、不適法なものというほかなく、原判決を取消して、本件訴を却下することとし、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九六条、第八九条及び第九三条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(香川保一 越山安久 村上敬一)

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